- オーディオ・ビジュアル評論家・音響監督
オーディオ・ビジュアル専門誌をはじめ情報誌、音楽誌など幅広い執筆活動をおこなう一方、音響監督として劇場公開映画やCDソフトの制作・演出にも携わる。ハリウッドの映画関係者との親交も深く制作現場の情報にも詳しい。またイベントでの丁寧でわかりやすいトークとユーザーとのコミュニケーションを大切にする姿勢が多くのファンの支持を得ている。
音の良い照明器具…はたしてそんなものができるのかと、イメージが湧かなかった。どう考えたってシーリングライトの空きスペースにアンプやスピーカを内蔵して、満足できる音が出るなんて考えてもみなかったからだ。「Bluetooth」を使ったワイアレス伝送は賢明な選択だったと思うけど、スピーカ部分はかなり無理した作りになってるんじゃないのかな…、これがNECのCrossFeelを最初に見た時の印象である。
最近の照明器具はたいていバヨネット式(業界では引掛けシーリングと呼ぶ)のアダプタを介して天井に取り付けることができる。したがってCrossFeelに入れ換える場合も実に簡単。古い製品を外してカチッと嵌め込むだけ。設置に関してこれほど垣根の低い製品もない。
しかしながら作り手側には大きなハードルが待ち受けていた。それはこうしたタイプの照明器具には総重量5kgという安全性から課せられた制約があるからだ。一般的にLEDシーリングライトの平均重量はおよそ3kg。と言うことはプラスαの余剰荷重は最大でも2kg程度しかない。そこにスピーカとそのスピーカを駆動するためのアンプをビルトインするわけだから、結構大変である。
ただ音が出る程度のクォリティでよいなら、それほど難しいことではないと思う。しかしそれではおまけの範疇に留まる。ユーザーが納得できるパフォーマンスを備えなければ、ただの色ものだ。照明器具の新ジャンルを形成するにはNECにも相応の覚悟が必要だったのである。
あるようでなかった今までにない提案だからこそ、正攻法に取り組みたい…。NECのスタッフはそのために侃々諤々の意見を戦わせた。その結論がエキスパートとの協業である。80年代にはハイエンドのAV機器まで手掛けた彼らだからこそ、妥協したくないという意識が働いたのである。そして協業の相手として選ばれたのが、パイオニアだった。スピーカからアンプまで質の高い製品を手がけるメーカーとのコラボレーションがこうして始まった。
NECから出たリクエストはデザイン最優先。音の出る照明器具だからと言って、本来の性能はもちろんスタイリングへの妥協はしたくないということである。重量制限に加えスペースにおける制約まで受けてしまったパイオニアのスタッフは、だから頭を抱えてしまった。「正直こんな狭い場所にアンプとスピーカをセットできるのかと悩みました」。しかもである、エンクロージュアを使ったスピーカなら、自社の試聴室でテストもできるが相手は照明器具だ。どうやって取り付けたらいいのか考えあぐねた末、ポールを用意して製品開発への対処をおこなったという。また試聴室だけでなく担当エンジニアの家にも持ち込んでフィールドテストを繰り返した。なんと涙ぐましい努力ですねぇ。
その結果、スピーカは40mm口径のフルレンジ(全体域を受け持つ)ユニットを二つ用意しステレオ再生に対応したが、コンパクトなサイズだけにこれでは豊かな低音を望むことはできない。そこで、低音域だけを再生する77mm口径のウーファを加えた2.1チャンネルの構成にしたのである。本来なら全体域を受け持つ77mm口径のユニット2つで事足りるはずだが、そのスペースすらなかったということである。
NECの担当者からは、さらに「インテリア商品なのでスピーカは直接みせたくない」というオーダーまでもらってしまった。設計する側からすれば、ユニットを堂々と見せたいのに、ここではあくまで黒子に徹することを求められたのである。
またアンプについてもスペースファクターと発熱を考慮し最新のデジタルアンプを採用した。ステレオ用に5W+5W、ウーファ用に10Wの出力を備えているが、コンパクトに纏め上げられている。
加えて「照明器具のセードや天井が共振しないように配慮してほしい」というリクエストに応えるため、ユニットは天井に向けて取り付け、反射によって音が広がるよう工夫した。しかしながらなかなか双方が思い描く世界が見えてこない。スピーカのユニットはなんと5回もの設計変更を経て晴れて日の目を見たという。
こうして天井から音楽が降り注ぐLEDシーリングライトがついに完成したのである。パイオニアの設計者がこれほど薄型のユニットは作ったことがないというほどのスリム・フェイス。しかしながらそんなスピーカが鳴っているとは思えないゆったり感がなんとも心地よい。ぼくは当初の試作品を知らないが、初期の段階ではラジオのような音だったということだから、この進化はNECとパイオニアのスタッフの思いとやる気の賜物だろう。
我が書斎にCrossFeelをセットして以来、どう使おうかと思案していた。iTunesからダウンロードした楽曲を聴いてもいいけど、それだとちょっと普通すぎるなぁ。そんな時目に入ってきたのが、「ドコデモFM」というインターネットラジオである。
私事で恐縮だがぼくは昨年の6月に出身地である米子の観光大使を拝命した。正式には米子市観光協会首都圏観光大使と言う名称である。どんな仕事をするのかと言うと、米子市の知名度アップと観光客の勧誘だ。ところでこれ、「皆生温泉」どう読むか分かりますか。源泉が海中にある米子の名湯なんですよ。皆さんぜひ一度お越しください。
おそらく知己がなければ東京に在住の人は山陰に出かけることは稀だと思う。事実ぼくの周りに尋ねてみても、大半の人が行ったことがないという返事だった。と言うわけで旗振り役をおこなっているわけだが、ぼくだって今の米子の情報をフルに把握しているわけではない。こんな時に役に立つのが地元の放送だ。そうした意味では「ドコデモFM」は強い味方になる。と言うわけでさっそくFM山陰を呼び出して、Bluetooth経由で原稿の合間に放送を聴くようになった。
天井からシャワーのように降り注ぐFM放送は肩ひじ張らずに聴くのにもってこいだ。しかもCrossFeelはキレがいいのに刺激的な匂いのない優しいサウンドなので、長時間流しっぱなしでも疲れないし、デスクトップシステムのように耳元でおしゃべりするわけでもないので、それもまた良い感じである。おやっと思う情報に耳を傾けながら、音楽を聴いていると、その時間は地元に帰っているような錯覚に陥る。「ドコデモFM」のPRをするわけではないが、今なら31日間無料で試聴できるから、気になる人はぜひこの方法で地元のFM放送を聴いてみてほしい。
この他にも放送を聴くなら「ラジコ(Radiko)」という無料のアプリがあるから、これもお役立ちだが、エリア情報を取得するので試聴できる放送局は限られるため、その辺りは適宜選択すればいいと思う。
天井から音楽やおしゃべりが降り注ぐ…。今までにない感覚がこんなに簡単に楽しめるCrossFeelは、間違いなくLEDシーリングライトの新しい世界を創ってくれることだろう。